ブロードウェイミュージカル『ピピン』@シアターオーブ

最高・最強のアクロバティック・ミュージカルがやってきた!

Magic To Do1 Pippin Japan Tour 2015 © Shinobu Ikazaki

現在、渋谷の東急シアターオーブで公演中のブロードウェィミュージカル『ピピン』。

ロープに宙づりになってクルクル回りながらでも、あっという間に衣装替えするイリュージョンの瞬間にも、見事に歌って踊る粒ぞろいのキャストたちが織りなすハイクォリティ・ステージは、理屈なしに楽しめる大傑作だ。

次から次へと客席に降り注ぐブロードウェィ・シャワーに酔いしれる本作、初めてミュージカルを見る人には最高! 

そしてミュージカル好きなら、絶対に見逃してはいけない!

 

圧倒的な歌声とフォッシー・スタイルのダンスがサーカスと融合!

Magic To Do2 Pippin Japan Tour 2015© Shinobu Ikazaki

『ウィキッド』などを生み出したスティーヴン・シュワルツの作詞・作曲により生まれた本作は、『シカゴ』『キャバレー』でおなじみのボブ・フォッシーが演出・振付で1972年に初演、

「名作」と言われながらもブロードウェイでは長いこと再演されずにいた。

これをシルク・ド・ソレイユばりのアクロバット・サーカスと見事に融合して21世紀によみがえらせたのが、アメリカン・レパートリー・シアターの芸術監督であり、2008年にロック・オペラ「HAIR」のリバイバルも成功させた演出家ダイアン・パラウスである。

彼女の手腕により、『ピピン』は2013年のトニー賞でミュージカル部門最優秀リバイバル賞・最優秀演出賞を含む4部門受賞の栄冠に輝いた。それだけに、どうしても「見た目の楽しさ・鮮やかさ」のみで語られがちな本作ではある。

もちろんそこが素晴らしいのは本当のこと。でも表向きはコミカルなものの、実は重いテーマを包含していることも忘れてはならない。

若かりし日に初演を何度も見たというほどの『ピピン』ファン・パラウスは、演出するにあたり、『ピピン』がベトナム戦争問題に揺れる70年代のアメリカで製作されて人の心を打った真の理由と普遍性をしっかりとリスペクトし、このテーマに現代性を持たせて仕上げている。

初演でピピンを演じたジョン・ルービンスタインがピピンの父チャールズ役に、同じくファストラーダを演じたプリシラ・ロペスが祖母バーサ役に迎えられているのも、オリジナル・スピリット継承につながっているはずだ。

 

新卒社会人ピピン、自分探しの旅に出る

Pippin and Charles© Shinobu Ikazaki

「ピピン」というのは8世紀から9世紀にかけて実在したヨーロッパの王様の名前。

物語もそのころの王家をベースに構成されるが、「枠をもらった」だけで、主人公のピピンは丸首のシャツにジーンズを着た若者として登場する。

大学を卒業したばかりのピピン(ブライアン・フローレス)は、父王チャールズと一緒に戦争に行って、軍で英雄になりたいと思うけれど、父は「お前は大学出たんだから、アタマで国を動かすほうにまわれ」とすげない。

足手まといになりつつも初めて参加した戦争で人を殺したピピンは、敵だと思っていた男が自分となんら変わりのない人間であることに衝撃を受け、戦争に幻滅する。

それでも「自分は何かでっかいことができる人間だ!」「平凡な生活から抜け出すんだ!」と「自分の居場所」を探して父と袂を分かつ。

ブライアン・フローレスは今回のツアーで初めてピピン役を務めるが、その純粋で滑らかな歌声は、希望に燃える若者にピッタリだ。やがて生活を共にし愛を育むこととなるキャサリン(ブラッドリー・ベンジャミン)のソプラノとともに歌う「Love Song」は絶品! 世俗の欲や欺瞞にまみれず理想を追い求めようとする穢れなき魂をその声で表した。

Morning Glow1 Pippin Japan Tour 2015© Shinobu Ikazaki

彼をたきつけ、「ありきたりでない」「もっとすごい世界」に誘うのがサーカス団の「リーディングプレイヤー」(ガブリエル・マクリントン)だ。初演時の男性という設定が、今回は女性に変わっている。ガブリエルは声も肉体もしなやかで強靭、性差を超えて狂言回しという重要な役を演じ、大きなパワーを舞台に与えている。

「何浮かない顔してるの? 世の中って楽しいことがいっぱいよ!」とばかりに若者の夢をアクロバットで描くシーンはどれも秀逸だ。やみくもにサーカスシーンを挟んでいるのではなく、一つ一つの技に意味を持たせて登場人物の心理を表しているところがニクイ。

特に「おばあちゃん」バーサが孫のピピンに「人生を楽しみなさい」と歌いかける「Not Time at All」は、実年齢もバーサと同じ66歳のプリシラ・ロペスが圧巻のパフォーマンス! 最後は見事な肢体を披露して、アクロバットもやりながら息も上がらず朗々と歌い上げ、その女優魂には恐れ入るとしか言いようがない。

先妻の息子ピピンを陥れようと画策する義母ファストラーダ役のサブリナ・ハーパーもキレッキレのダンスと歌声でマリリン・モンロー的な甘いムードと陰謀渦巻く妖しい色気とを振りまいていく。

 

楽しくて、でもホントはコワイ「サーカス」の二面性に震えるフィナーレ

Leading Player and Company© Shinobu Ikazaki

「こっちの水は甘いよ」といいながら、平凡でも平和で穏やかな家族の営みから巧みにピピンを引き抜いていくリーディングプレイヤーは、初演時は「君も英雄になれる!」の言葉で多くの若者をベトナムに送った軍の象徴であった。「あの頃は自分の息子がいつ戦争に行くのかどの家庭も不安だった」とチャールズ役のジョン・ルービンスタインは振り返る。

徴兵こそなくなったが、アメリカは21世紀の今も若者を戦争に送っている。世の中をバラ色に「演出」しているサーカス団は、まさに経済的見返りを約束して貧しい若者を軍へと勧誘するリクルーターの姿なのかもしれない。

 

かつて夕方になっても遊びに夢中で家に帰らない子どもたちに、通りすがりの大人たちはこんな言葉をかけたものだ。

「いつまでも遊んでいると、サーカスのおじさんにさらわれちゃうよ!」

洋の東西を問わずほんの少し前まで、土地から土地へと巡業しながら一夜のお祭り気分を与えてくれるサーカスは、「平凡でまっとうな生活」の対極にあった。

そして子どもたちはみな、「平凡」を嫌い、退屈な日々から抜け出そうとする。

すべての「演出」がはぎとられ、それでもピピンがキャサリンと「自分らしい生活」を見出したあとに、キャサリンの子どもが何を選択するか。

楽しかった舞台の最後にまっていたものは、背筋がヒヤリとするほどゾッとするフィナーレだった。

 

「ピピン」公式サイト pippin2015.jp

  2015年9月4日(金)~9月20日(日)*7日(月)、15日(火)は休演

  東京シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)

 

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