熊川哲也がダンサーとしても芸術監督としても、
最も思い入れがあり、
最もオリジナリティがあり、
最も成功したと感じ、
しかし怪我というアクシデントによって
舞台映像を残すチャンスを2度までも奪われた作品、
「海賊」。
「これが3度目の正直になるか、2度あることは3度ある、になるか」
幕の内側でポーズを決めつつ開幕を待つ間、
序曲の音が始まったのを耳にした瞬間、思わず涙腺が緩みかけた、というほど
さまざまな思いの交錯した初日を成功させた熊川は、
「3度目の正直」を手に入れ、
そのパフォーマンスを記録するという望みを叶えた。
私はこのDVDを早くから買ってはいたけれど、
こわくてすぐには開くことができなかった。
その理由は、このDVDを見ることによって、
前に書いた初日の印象が定着してしまったらどうしよう、という不安だった。
でも、
Kバレエのサマーパーティーに行き、
「26時間くらいは編集に費やした」という思い入れの強さ、
「(どんな公演でも)初日は何が起こるかわからないから、
どうしても無難にまとめようとする気持ちがはたらく。
(日を重ねるうち)その日の調子によって変わってくる」
という発言を聞いたり、
大阪公演を見た、というバレエ評論家が「すごかった」と評するのを聞いて、
見てみたい、
いや、見なければ、と強く思い始めたのだった。
結果。
見てよかった。
高く跳んでるじゃないですか、熊川さん。
「無難」を通り越したパフォーマンスが、記録されている。
第二幕、グラン・パ・ド・トロワのアリのソロを終えた彼は、
満面の笑み。
役柄からいえばその笑みをかみ殺さなければいけないところだけれど、
もう、いくら口元を引き締めようとしても至福の笑みがこぼれて仕方がない、
といった様相だった。
得心のいくパフォーマンスだったのだろう。
よかったのは、彼だけではない。
松岡梨絵のグルナーラも、浅川紫織のメドゥーラも
伊坂文月のランケデムも、非常に切れがよく、
表現力も豊かで見ごたえがあった。
そして、
何と言ってもキャシディだ。
あのスピードと安定感を兼ね備えたサポートは天下一品。
組む女性をあそこまで美しく見せられる技と力を、
Kバレエの男性は必死で盗むべきだ。
淺川も全幅の信頼を以って体を預けきっている。
だから
かつてキャシディ/吉田で見たときに通じる浮遊感が
DVDの中のパ・ド・ドゥにあった。
今回気付いたのは、
グラン・パ・ド・トロワは仲間たちの見るところで踊る、
いわばオフィシャルな踊り。
そして直後の洞窟でのパ・ド・ドゥは、
恋人が2人だけで踊る、プライベートな愛の語らい。
その違いが、
とてもよく出ているのだ。
これは浅川の快挙。
誇り高い女性の硬軟の精神性が際立って、奥深さが出た。
とても満足したけれど、
やはり2幕は初演のときのほうがすっきりしていたように思う。
私は「海賊だ~」の押し出しの強い初演がタイプです。
あと、
DVDを撮影するカメラに俯瞰の視点がないのが非常に惜しまれる。
3幕の冒頭、
パシャの幻想のなかで踊る女性たちが形づくる幾何学模様は、
上から映さなければ見ることができない。
ヨランダの舞台装置全体の図も、
ロングといっても一階のカメラなので、平面的にしか味わえないのが
本当にもったいない。
たとえサイドのバルコニーからでもいい。
俯瞰のカメラが加わっていたら、と思った。
とにかく、
このDVDは「買い」です。
音楽も非常に滑らかで、ダンサーも音を感じて踊っていました。
熊川自身が「集大成、といったら終わりになっちゃうからそうはいわないけど、
この山が大きかっただけに、次のモチベーションをさがすのが大変」なほど、
すべてを注ぎこんで作ったDVD。
見終わった後、ケースをナデナデしてしまいました(笑)。
コメント
-
2015年 9月 07日
この記事へのコメントはありません。